ごめんなさい、明るい話ではないです―けれど、とても大切なことをどうしても伝えたいです
僕は愛知の田舎で育ったごく平凡な子供でした。
けれど、英語をがむしゃらに独学して話せるようになり、偏差値50程度の高校から猛勉強の末に難関大に合格し、卒業後に幸福度世界一の国の1つであるフィジー共和国に滞在し、本をいくつか出版しています。
―では、順風満帆な人生か?
いや、むしろ、自殺未遂を何度もするほどの不幸を経験してきました。今でもうつ病は治りません。
でも、だからこそ、どうしても伝えたいことがあります。
平凡な子供時代―勉強は苦手でゲームばかり
思い返すと僕は、あまり特徴のない普通の少年で、引っ込み思案で、スポーツも勉強もパッとしない子供でした。
中学生のころの自分は、何も考えずに、ひたすらゲームをする日々。当時は、ゲームがあまりにも好きだったから、ゲーム関連の仕事に就こうと思っていたほどでした…。
ただ、勉強は苦手だけれど、英語は好きでした。本屋に行って英語の本を買って、毎日、CDで発音を練習したり、会話のフレーズを覚えたりして、「話せるようになりたい!」とだけ漠然と思っていました。
そして、中3になると、初めての受験で何となく不安と義務感に駆られて、「勉強しないといけない」とだけ思い、勉強にたくさんの時間を割き始めました。
その結果、夏休みの勉強時間は、学年で一番多かった。
それでは、入試はどうなったのか? 結局、受かった高校は偏差値50ちょっと。それも、第一志望の高校が不合格になって、第二志望の高校に入ることになった。
入試を何となく受けて、何となく高校に入ったのでした…。
大学受験で大逆転を目指す!―がむしゃらに勉強
そして、目標も何もない自分は、高校に入ってから、何となくだらだらしていました。
そうして、気づけば高校2年生になった僕は、「そろそろ進路を考えないといけない」と思い始めました。
そこで、高2の夏。何を思ったのか、担任の先生に伝えた志望校は、旧帝大の1つである大阪大学だった。
それを聞いて、先生は馬鹿にするように笑いながら言った。
「絶対に受からないから、志望校を変えてきなさい」
その一言はとても辛かったけれど、偏差値の高くない高校で、数学の補習に行くことすらあったのだから、無理もない反応だったかもしれない…。
しかし、それ以降、毎日、猛勉強をするようになりました。おそらく、「勉強をして良い大学に行けば人生は何とかなる」と思ったのかもしれない。その後の1年半、毎日、毎日、起きている間は勉強しかしなかった。
それでも伸び悩み、センター試験(現「共通テスト」)でも大失敗し、前期試験は不合格となってしまいました。
それでも、毎日、ずっと憧れて目指してきた志望校をどうしても諦めたくなかった。
そこで、得意だった英語の配点が大きくなる後期試験に挑戦し、手ごたえは最後までなくて不安だったけれど、結果は、なんと「合格」…
合格した実感がなくて唖然としたほどでしたが
がむしゃらで不器用な勉強の結果、何とか合格を勝ち取れたのでした

大学時代―意外な結末?
それでは、晴れて大学に入学した自分は、その後、大きな自信と希望を得られたのか?
順風満帆な人生を送れたのか?
実は、入学後に実際に得たのは失望でした。
自分は12年間も教育を受けて、猛勉強して大学に入りました。
しかし、振り返ってみれば、上がったのは偏差値だけで、何も考えずに入学した高校入試の時と中身はどれほど変わったのだろうと思わされたのです。
毎日勉強はしたけれど、「自分は勉強を通じて何を得たのか」「はたして賢い人間になれたのか」「やりたいことや自分ができることは見つかったのか」・・・答えはわかりませんでした。
そして、自分と同じような人がごろごろいて、結局、みんな入試で点数を取ったに過ぎないことに気づいてしまったのです・・・。
それまでの人生で、高い学歴を持った人が優れていると信じてきたけれど、皮肉にも、難関大学に入学してから、そんな幻想は崩れ去ったのでした。
人生において何が大切なのかがわからず、知ったかぶりをする学生・大人には会ったものの、本当に大切なことを教えてくれる人には出会えませんでした。本当に悶々としたスタートを切った大学生活だったのです。
しかし、悪いことばかりではありませんでした。大学では、多くの留学生に出会えて、初めて、学んできた英語を使う機会が生まれました。そのおかげで、たくさんの国の人と話せて、いろんな国に行けたことは良い人生経験になったし、いろんな国の人と、時にはジョークを飛ばして笑って、時には文化や社会について真面目な討論もしたことは良い思い出です。
しかし、気づけば、大学は終わりに近づき、就活をすることになりました。でも、相変わらず、自分には何ができて、社会にはどんな選択肢・可能性があるのかをまったく知りませんでした。いろんな会社の説明会やインターンにいって話を聞くのは学びもあり楽しかったけれど、自分が何の仕事をするべきかは結局わからなかったのです。
そんなある日、とある本の冒頭にあったグラフにショックと驚きを受けました。
それは、日本が50年間で6倍以上の急速な経済成長をしたのにもかかわらず、幸福度がまったく上がっていないことを示すものだったのです。
それでは、自分たちが信じてきた「経済的に豊かになれば幸せになれる」という神話はなんだったのだろう・・・?
そして、就活そっちのけで、幸福度と国について徹底的に調べたのです。そうして、気になる国が見つかりました。それがフィジー共和国でした。
幸福度調査はいくつもあるのですが、そのうちのひとつで、フィジーは幸福度が1位だったのです。しかも、フィジーについての統計は少なく、要因を調べてもよく分からなかったのです。
「データを見てもわからないのなら、実際に見に行くしかない」
そう考えて、僕は日本を出て現地に渡航することにしたのでした。
幸福度1位のフィジーでの体験
フィジーでの経験は思い出深いものになりました。いろんな人と会ったり、いろんな場所を訪れたり、いろんな景色を見たりして、日本と違った世界を見れたのです。
ある時は、フィジー人の家族と暮らして、子供と走り回って一緒に遊んだり、夜は薄暗い部屋で一緒にはしゃいだりしました。お母さんは僕のジョークによく笑ってくれて、お父さんは「お前はNo1だ!」と言ってくれました。
インド人の家庭でホームステイした時には、穏やかで大柄なお父さんと日本とフィジーの文化について真面目な話もしました。そして、ヒンドゥー教の謎の集まりに呼ばれて、毎晩、お祈りに参加して、カレーをインド人のおじさんたちや子供たちと食べました。田舎の村に滞在した時は、現地の子供も大人も明るく無邪気な様子で、そして、村全体が家族のような雰囲気がとても気に入りました。
フィジーの滞在は1年間にもなりましたが、振り返ればあっという間でした。
語弊を恐れず言うと、フィジーには特別なものは何もありませんでした。社会問題がないわけでもありません。
けれど、素朴ながらも幸せそうな社会が、そこには確かにありました。
フィジーの人たちの子供のような明るさや、社会のプレッシャーが希薄なこと、人とのつながりの強さが頭に残っています。

不幸の始まり―うつ病に苦しむ
しかし、僕の人生は決して良いことばかりではありませんでした。
むしろ、これ以上にない不幸を経験しました。
ある会社で勤務して半年ほど経ったころ。僕は深刻なうつ病になりました。原因は上司でした。
その人は目下の人間を見下す人でした。僕は、事あるごとに罵倒され、常に減点方式で見られ、人格否定されました。言い返せば逆ギレしてくるだけだということはわかっていたので、僕は毎日、罵倒に耐えていました。どんなに怒りを感じても、どんなにその人が憎いと思っても、ひたすら耐えました。
すると、ある日。何もやる気がわかず、ひどく気分が落ち込みました。それが何なのか、最初はまったくわかりませんでした。それでも出勤すれば同じように見下される日々。症状はさらに悪化しました。精神的な症状に加えて、頭痛や胸痛をはじめとした身体症状も出ました。とにかく辛すぎて、気づけば、毎日自殺願望を抱くようになっていったのです。
死にたい毎日―自殺未遂と葛藤
その後は、新しい会社に入ったのですが、1か月もすると、ストレスからうつ病症状が再発してしまいました。
その時の症状は自分でも信じられないほどひどく、特にひどい時には、歩くのすらきついほどに、頭痛、胸痛、息苦しさが出ました。不眠症にも悩まされて、毎日十分な睡眠が取れないまま無理やり起きて、無理やり仕事をした。だから、職場での挙動もおかしくなっていました。
そして、何より、常につきまとう精神的な苦痛は耐えがたいものでした。「死にたいほど苦しい」と言っても生ぬるく聞こえるほどの苦痛で、実際、何度も死のうとしたし、毎日死にたいと思っていました。
首でも吊れば、数分もすると、こんなに苦しい思いをしなくて済むと考えて、毎日、毎日、葛藤しました。
「死にたいというより、とにかくもう生きたくない」・・・。そんな想いだったのです。
そんな中、理解者はおらず、無神経なことを言ってくる人すら何人もいました。そして、友人には距離を置かれました。自分の人生に何が起こっているのか、まったくわかりませんでした。
なぜ、被害者の自分がこれほど苦しみ、加害者はそんなことすら全く知らずに平然と暮らしているのかも理解できなかった。
当然、仕事などままならない状態で、それでもなんとか働こうとしたけれど、ついに退職せざるを得なくなってしまいました。
そして、薬を毎日飲みつつ、まったく効果が出ず、お金もなくなった。そうして、働けない期間が1年も続いたのです。何もする気がわかなくなり、ついには、一日中寝ている生活。誰にも必要とされない。いなくなってもわからないような存在。
自分は何のために生まれてきたのだろう。
何のために英語を勉強したり、入試を頑張ったりしてきたのだろう。なんでこんなに苦しい想いをしても生きないといけないのだろう。
何にもわからなかったけれど、強く思うことがありました。
どうしても伝えたいこと
自分は言葉では到底表せない不幸を経験してきました。今でも症状が治っていません。
けれど、さらに悲しいことに、日本では100万人を超えるうつ病患者がいるとされ、毎年2万人も自殺しているのです。
すると、豊かになった日本には深刻な問題があることがわかります。
日本は身体的には平和かもしれないけれど、精神的にはとても危険な国なのです。
では、この経験を通じて、何を伝えたいのか? それは、以下の2つです。
①私たちは、決して加害者になってはいけない
人は、社会において、簡単に傲慢になってしまいます。そして非常に怖いことに、誰もが他人に傲慢に接してしまう危険性があるのです。
社会に埋もれると、成績、年齢、社会的地位といった、くだらないもので人を分類するようになり、簡単に人を見下す危険性があるのです。
けれど、そんな傲慢で浅はかな人間になってはいけないと思うのです。
むしろ、そうした社会的空想にとらわれずに、肩書ではなく個人を見て、誰とでも対等に接することのできる、本当の意味で賢い人になるべきではないでしょうか。
②人生で1番大切なことを忘れてはいけない
人生はそれぞれで、皆が、各々の道を進むことになります。大学生になったり、会社員になったり、主婦・主夫になったりするかもしれない。これを読んでくださっている方が、今はどのような方で、これからどうなるかは分かりません。
ただ、これだけは一生覚えておいてほしいのです。
どんな道を歩むにしても、必ず、幸せな人生を送ってください。
人生は一度きりで、短く、何よりも尊いものです。
だから、やりたいことをやって、自分を理解してくれる人と会って、たくさん笑って、いっぱい遊んで、人生を満喫して、自分に素直に生きてほしいです。
人生では、住む場所とか、収入とか、職業とか、結婚とか、人によって色んな違いが出てくるかもしれないけれど、もし、幸せでありさえすれば、それはとっても素敵な人生です。
僕個人は本当に不幸な経験をしていますが、本来は、社会は人生を豊かにしてくれる場だと考えています。
僕は、そんな皆が平和で幸せな社会を毎日夢見ています。
【加藤将馬について】
著者、講演家、幸福学&ビッグヒストリー研究家。
いくつもの書籍や論文を基に、大きく大切な問いを研究、発信しており、「宇宙誕生から現代社会までの大きな歴史」「毎年2万人が自殺する日本はいかに幸せな国になれるか」といったテーマの書籍も書いています。
趣味は、歴史から物理学までの幅広い分野の読書や執筆で、毎日新しい発見を楽しんでいる。海外は8か国渡航経験あり。また、YouTubeやSNS、ブログを通じて発信中。日常ではランニングや筋トレで心身の健康を心がけています。
【著書の紹介①】
【1時間で読める要約版】宇宙と人類の壮大な歴史-ビッグヒストリー
紙の書籍773円→電子書籍0円!(今後変更の可能性あり)
宇宙と人類、138億年ものがたり ―ビッグヒストリーで語る 宇宙のはじまりから人間の未来―
本書は、宇宙と人類の歩みを考察する一冊です。
「宇宙が生まれた頃はどのような姿だったのか?」「なぜ数十万年も狩りをしていた人間は、今では宇宙進出を始めているのか?」「気候変動やAIなど、これからの人間社会はどうなってしまうのか?」といった大きな問いについて説明します。
そして、本書の最大のテーマは、「人間は文明を発達させて地球の覇者となったのにもかかわらず、なぜ世界には数多くの自殺者がいて、不幸が消えていないのか」というものです。
138億年にわたる壮大な物語を堪能していただくと同時に、人間社会のあり方にまで思考を巡らせてもらうことを本書では目的としています。そして、私がなぜ本書を書き、ビッグヒストリーを通じて何を伝えたいのか。ぜひ、最後まで見届けていただけると幸いです。
【著書の紹介②】
自殺大国ニッポン: メンタルヘルスと幸福学で分かる日本最大の課題
「日本は平和だ」と私たちはよく耳にする。しかし、果たしてそれは本当なのでしょうか。というのも、日本では毎年2万人ほどが自殺という形で命を絶っているからです。
いったい日本で何が起こっていて、どのような対策がされているのか。それが本書のテーマの1つです。
そして、本書の最大のテーマは「そんな日本は、いかにして幸せな社会になることができるのか」です。「幸せ」については、近年、数多くの研究がされるようになったこともあり、今では、人を幸せにしやすい国と、人を幸せにしにくい国があることが段々と分かってきました。
ある著名な論文では、「アメリカや日本は短期間で何倍も経済成長したのにも関わらず、幸福度は上がらなかった」という衝撃的な研究結果が公開されました。国連による「世界幸福度報告」では、「北欧の国々は幸福度が一貫して高い」「中南米諸国は、経済力に対して幸福度が高い」といった考察がまとめられたことがあります。果たして、これらは本当なのでしょうか。そして、本当ならば、果たして日本は、いかにして幸せな国になることができるのでしょうか。


